垂直性への抵抗:阿目虎南『R/evolution(s)』評
Dance Base Yokohama×愛知県芸術劇場×メニコン シアターAoi パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition|阿目虎南『R/evolution(s)』 愛知県芸術劇場/©︎HATORI Naoshi
開幕し、次第に薄明かりがさしてくると、腕をだらりと下げて頭を垂れた四人の姿態が暗闇のなかに浮かびあがる。荒々しいビートが執拗に刻まれる一方で、垂れさがる四人の身体は静かに重力の重みを持ちこたえ、甘受して見える。阿目虎南『R/evolution(s)』を重力に対する受容や拮抗、抵抗のドラマとして観るとき、この姿勢はいかにも象徴的なものに映る。
やがて四人は身を起こしていくが、肩を持ち上げては落とす落下の身振りを演じたあとで、またすぐに中腰になり、それからこちらに背を向けてひたと座り込んでしまう。いや、座ったままの安定的な姿勢を続けることさえできずに、その身体は横たえられていく。このような身振りのシークエンスにおいて、重力に据え付けられる身体の重さというものが、まざまざと実演されていくのだ。
とはいえ、これまで私が「重力」の語でもって呼びあらわしていたものは、なにか地上的な拘束力というよりは、天体的なスケールにおける諸力の負荷からくる重さとして理解されるべきものかもしれない。身体は地上的な空間に根を張っていたわけではなく、むしろその暗い舞台には、緑や赤のきつい原色の照明があてられて、煌びやかな宇宙空間のような光景が出来していたからだ。『R/evolution(s)』という、「公転」の意の単語を冠した表題自体に、この天体的視点はすでに含意されてもいた。四人の身体にはそれぞればらばらな持ち場が与えられていて、みな基本的にはその持ち場を離れず、一つ所に留まっていたのだが、その持ち場は方形の銀の鏡板のようなもので床上に枠づけられていて、そのにぶい反射のゆえに身体は、低く低く押さえつけられながらも舞台から遊離して、惑星がごとく浮遊しているかのように見えさえしていた。
Dance Base Yokohama×愛知県芸術劇場×メニコン シアターAoi パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition|阿目虎南『R/evolution(s)』 愛知県芸術劇場/©︎HATORI Naoshi
公演が行われていた愛知県芸術劇場小ホールは、その名前に反して意外なほど天井が高く、それだけに演者らの上に垂直に伸びてゆく闇の広がり、その巨大な重圧がのしかかるのを幻視した。鏡板の反射と色とりどりの照明が、素肌をさらした身体のマチエールをさまざまに浮かび上がらせ、強調し、踊りの進行とともに身体が変幻していくのを示すのだが、一方でこのマチエールの強調は、広大な空間に置かれた”ちっぽけな”そのありようをごく即物的に際立たせるものでもあった。
以上の印象は、同時上演された[小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク]の作品がトラスを大きく下げて舞台の高さを低く規定し、まさに観る者の目線を現世的なスケールに枠づけていたために一層強められていたかもしれない。私は『R/evolution(s)』のWIP公演をDance Base Yokohamaにて二度鑑賞しており、それぞれ評をものしているが、今回の公演を目にすることで、初めて作品の姿に触れたような気がした。実際、白地のダンススタジオ然としたDaBYと、今回の小ホールの公演では、作品のあらわれ方はよほど違っている。つまり、この作品において演者が対峙しようとしているのは空間そのものだということが、私には劇場においてようやく初めて感得されたのである。
Dance Base Yokohama×愛知県芸術劇場×メニコン シアターAoi パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition|阿目虎南『R/evolution(s)』 愛知県芸術劇場/©︎HATORI Naoshi
さて、演者たちの身体は重力に押さえつけられているばかりではない。やがてその身体は起き上がり、次第次第に上へとのびていく。そのようにして、冒頭にも書いた通り、天体的な諸力の働きと、ほかでもない一つの個的な身体とにおける力の拮抗が演じられるのが、本作のドラマトゥルギーとなっている。
そしてこの垂直的な抵抗が極点に達し、演者らがおよそ直立した時、暗かった舞台は突如として明転する。明るい舞台に、四つの身体。身体らはそれまで据え付けられていた持ち場を離れ、発声や身振りを試し試ししながら動き回る。まるで新種の生命の発生を演じているかのようでもある。『R/evolution(s)』と題にもあるように、ここまで見せられてきたのはある生命体が発生し、外的諸力に抗して伸びあがり、自らを律して動き回るに至るまでの「進化」のありようだと、解釈しても良いわけだ。しかし、やがてまた激しいビートとともに舞台に暗さが訪れる。生命らの身体は痙攣し、他なる力によって据え付けられ、自律性を逸していく。再び作品の題に戻れば、他なる外的な力は形を変えて幾度も冷徹に回帰し、つどわれわれはその天体的運動に吞まれずにいられない、というのがこの作品を貫通するテーマなわけだろう。
ところで、この再び訪れる暗がりの中で、それまで舞台奥中央に鎮座していた銀紙の塊めいたものが上に立ち上がっていき、銀柱のように屹立する。その意味はひとつには、私がここまで紙幅を割いてきたような天体的スケールにおける垂直性の再顕現を示すことにあるのだと思うが、むしろここで言及したいのは別のことだ。塊が柱状に起き上がり、上昇を始めたとき、実際にはぺらぺらの銀紙がおそらくテグスかワイヤーか何かで持ち上げられていたにすぎないはずであるのに私は、その銀塊は実は着ぐるみかなにかで、ずっとうずくまっていたその人がいまちょうど立ち上がったのかしらと思ったのである。しかし、私がこのように銀紙の上昇運動をごく擬人的に見間違えてしまったのは、理由のないことではあるまいと思う。4人の演者の身体は、舞台奥の銀塊と等しくみなせるようなごく即物的な仕方において呈されていたのである。私は先ほどこの作品を、生命進化の縮図のように絵解きしたが、むしろ人と物との区別がつかず、人が人ではなくなるような空間での、より硬質でより物質的な、厳しいドラマをここにみてとることも十分可能ではある。
Dance Base Yokohama×愛知県芸術劇場×メニコン シアターAoi パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition|阿目虎南『R/evolution(s)』 愛知県芸術劇場/©︎HATORI Naoshi
作品の終盤では、重力に抗って再び立ち上がった四つの身体が前方へと歩みより、客席側のどこかをそれぞれ指で指し示す。垂直軸にて演じられてきたこの抵抗劇に奥行きが生まれ、立体的でのびやかな人間的空間が立ち上がる、雄弁なシーンだ。そう、この垂直性への抵抗劇に天体の喩を重ね見るなら、上下左右もなくそちこちに結び合う引力を舞台上に見ても良いわけだ。しかしそこに、やはり垂直性が回帰する。演者らの身体はまた低く低く押さえつけられ、作品冒頭と同様、頭を垂れてうなだれた姿勢を示すことにおいて終幕を迎えるのである。しかし、いまや身体は、ただ「重さ」を受けとめているばかりではない。腕は下にぶらさがらず、互いに結び合うべく、横に強く伸ばされている。その腕は、上から強く据え付けてくる力と拮抗し、再び直立せんとしている、受苦の身体から延びる腕であり、かようにして『R/evolution(s)』は、この世にこの身において生きることの厳しさを示すのである。
2026年6月7日
植村朔也
メンター:乗越たかお(作家・舞踊評論家)
『R/evolution(s)』ワークインプログレス評(植村朔也)
1. 公転する群れ――阿目虎南『R/evolution(s)』ワークインプログレス評
2. ニジンスキー以後――舞踏の精髄の継承について:阿目虎南『R/evolution(s)』/ 岩渕貞太『大いなる午後:the soft machine xxx』ワークインプログレス ダブルビル評
◆プロフィール
植村朔也
批評者。1998年12月22日生まれ。
過去の文章に「柴幸男 劇場の制作論」「その手のもとに「劇場」はある」(演劇最強論-ing webサイト掲載)「質問の陥穽 あるいは、透明性の時代」(スペースノットブランク公式サイト掲載)など。PARAにて「ドラッカーを読んで上演をつくる、集団をつくる」「「ドラマトゥルクの今日(The Dramaturg, Today)」(国際誌『Sound Stage Screen』掲載、英語、2021年)を読む」開講。DaBY ProLab 第1期 乗越たかおの“舞踊評論家【養成→派遣】プログラム”に参加し、スプリング・フォワード取材のため、開催地ダルムシュタット(ドイツ)へ派遣された。
乗越たかお
作家・ヤサぐれ舞踊評論家。株式会社ジャパン・ダンス・プラグ代表。06年にNYジャパン・ソサエティの招聘で滞米研究。現在は国内外の劇場・財団・フェスティバルのアドバイザー、審査員など活躍の場は広い。著書は『舞台の見方がまるごとわかる 実例解説!コンテンポラリー・ダンス入門』(新書館)、『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』(作品社)、『どうせダンスなんか観ないんだろ!?』(NTT出版)、『ダンス・バイブル』(河出書房新社)、『ダンシング・オールライフ 中川三郎物語』(集英社)、『アリス ~ブロードウェイを魅了した天才ダンサー 川畑文子物語 』(講談社)など多数。
現在雑誌「ぶらあぼ」で連載中。舞踊評論家[養成→派遣]プログラムメンター。オンライン『ダンス私塾』主宰。
◆世界に羽ばたく次世代クリエイターのためのDance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト”Wings”
Dance Base Yokohama(DaBY)は、新プロジェクト「世界に羽ばたく次世代クリエイターのための Dance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト”Wings”」を始動しました。
本プロジェクトは、文化庁による文化芸術活動基盤強化基金におけるクリエイター·アーティスト等育成事業の【舞踊部門】で採択された事業のひとつで、日本のクリエイターが国際的なプレゼンスを向上することを目的とし、日本を代表するアーティスト、制作者、ドラマトゥルクや批評家の育成、作品の海外での上演、さらなる再演の機会創出を目指します。
▶︎阿目虎南『R/evolution(s)』
▶︎世界に羽ばたく次世代クリエイターのためのDance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト“Wings”