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Dance Base Yokohama

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soft machineの作動風景のあまりの優美さについて:岩渕貞太『大いなる午後:the soft machine xxx』評

Dance Base Yokohama×愛知県芸術劇場×メニコン シアターAoi  パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition|岩渕貞太『大いなる午後:the soft machine xxx』 メニコン シアターAoi/©︎HATORI Naoshi


 陶然とした美、とでも形容すれば良いのだろうか。岩渕貞太の新作『大いなる午後:the soft machine xxx』の白眉はなんといってもその終盤のシークエンスにある。岩渕と小暮香帆、酒井直之の三氏が、舞台上でほとんど身動きせずに恍惚とした面持ち、エレガントな身のこなしで優美に静止するこの場面には、瞠目させられた。しかし私が目を見張ったのは、その美しさのゆえのことではなかった。
 静止、といま書いたが、それはポストモダン・ダンスに見られるような美麗なイリュージョンへの反発からくる身振りの否定、などとはまったく位相の異なる様態である。むしろそれは身振りの蕩尽を尽くした果てにあるていのものであり、ゆえに美や官能がそこに見出されうることを拒みもせずに身体はあけひらかれている。
 とはいえ、目に見えて「運動量」の多い作品ではない。ドビュッシーの「牧神の午後」の旋律とともに、さまざまなポーズをコマ割り的に披露してみせる冒頭の活人画風のシークエンスなど、意表をつかれるほど緩慢な始まり方をしている。次のシークエンスでは出演者たちがコンタクトし始め、合気の運動かのようにして、身体の中心を互いの身体や身体の内外に自在に往還させながら、時にふにゃふにゃ、時にすっくとした、不思議な様態を示す。ここでも、やはり身振りはスローかつ穏やかなのだが、私などにもこの頃になると、そこで充実した気のめぐりのようなものがやりとりされていることが自然と窺われてくる。それから、身体内外に充満させたエネルギーに身を委ねるかのように、三人は獣か、それともこの世に初めて生を受けた赤子かと見紛うような野生を存分に際立たせながら、思い思いの姿態をとり、呼気にのせて声を放つ。なにか見えないものとの感応が、ここでは踊られているのだ。

Dance Base Yokohama×愛知県芸術劇場×メニコン シアターAoi  パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition|岩渕貞太『大いなる午後:the soft machine xxx』 メニコン シアターAoi/©︎HATORI Naoshi

 さて、『大いなる午後』という作品の題は、ニーチェが超人へ向かう道への途上にある時間を指していった「大いなる正午」を参照しながら、そのさらに後に来るべき時間を告示せんとするものだろう。ここで、岩渕が本作の思想的な立脚点としたというユク・ホイがその著作『芸術と宇宙技芸』において、古代ギリシアに始まりニーチェに代表される悲劇者の論理と、道家の論理とをそれぞれ別様の「宇宙技芸」として対照していること、そして、本作に見られるディオニュソス的陶酔のありようや、岩渕が提唱する身体メソッドこと恍惚身体論がまさしく老子のテキストに出発して立ち上げられたものであるとの事実を思い起こすのならば、複数形の宇宙技芸の使用、併用、開発によってホイのいう「エピステーメーの革命」という課題、悲劇者の論理のみではなしえないその課題に応答せんとする、芸術的思索実践としての本作の姿が浮かび上がる。また、翻って、副題にもあるように岩渕は身体を「soft machine」と呼びあらわしたうえでその技芸を今回俎上に載せようとしたわけだが、この技術を宇宙技芸の一種とみたうえで、その個別具体的でローカルな特質につぶさに目を向けることも、興味ある課題に違いない。しかし私が気になるのは別のことだ。

Dance Base Yokohama×愛知県芸術劇場×メニコン シアターAoi  パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition|岩渕貞太『大いなる午後:the soft machine xxx』 メニコン シアターAoi/©︎HATORI Naoshi

 実のところ、私は本作終盤のあの陶然とした境地のただなかに、別に美を認めて酔いしれていたわけではない。再三「美」だとか「優美な」とか書いてみせたのは、試みに筆をのらせてみただけのことで、実のところ私は舞台から離れた客席から、遠目には見えないがしかしその身体の内外で起きているに違いない「運動」を気にかけながら、無心にその身体を見ていた。そうして、舞台上の身体が感知しているなにごとかの出来事に、思いを馳せていた。そのような運動や出来事が生じていることを推し量らせるのに十分なだけの情報量を、三氏の身体は発していたと思うし、脱我的な状態を現出させるコンタクトから、野生的な発声と身振りにいたる一連の流れを経て、新しい身体で世界に生まれ直したかのごとく、ひしひしと感受する身体がそこにあるように、私にはごく自然に思えていた。あまり踊りから離れて言葉を弄したくはないのだが、ホイいわくそもそもニーチェのいう超人の肯定は、ときに恍惚とも訳されるような「五感の限界を超越した感性を発展させること」¹ を通じてなされるものであり、その言葉を承けて思考するホイにとってもまた、芸術とはそのような感覚の拡張、感性の教育に向けられたものとしてある。岩渕の「soft machine」が宇宙技芸たらんとするならば、それは認識や感性を拡張するための術として用立てられているはずなのだ。

Dance Base Yokohama×愛知県芸術劇場×メニコン シアターAoi  パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition|岩渕貞太『大いなる午後:the soft machine xxx』 メニコン シアターAoi/©︎HATORI Naoshi

 しかし、この種の感性的上演には、そこで演者が感知しているのだろう拡張された知覚や認識を、観客がそのままに受け取ることはできないという通例のジレンマがある。その舞台で起きている当の出来事、その中身は、けして観客には共有できぬものなのではないかという不安、それでも舞台をともにすることのある種の居心地の悪さ。作家がこの不安を真摯に見つめる程度、そして上演や居合わせる観客にそれでもなにかが期待される程度が、この種の冒険的な上演の成否を分けることを、私は経験的に知っている。それだけに本作が、あらかじめ入念に練られていたと思しき見事なミザンスを有し、またそのさまを格調高い音楽が演出して、ほとんど神話的とさえ形容したくもなるような美的な絵姿がそこに立ち上がっていたことに、あえて言えば私は物足りなさを覚えさえしたのである。といってもそれは、ラディカルな感性的実験でもあるはずの本作が、ともすると単に美的な表象としてのみ受け取られてしまいかねないことへの、差し出た心配に過ぎないかもしれないのだが。

1. ユク・ホイ(伊勢康平訳)『芸術と宇宙技芸』春秋社、2024年、47頁。

2026年6月1日
植村朔也
メンター:竹田真理

 

◆プロフィール

植村朔也
批評者。1998年12月22日生まれ。
過去の文章に「柴幸男 劇場の制作論」「その手のもとに「劇場」はある」(演劇最強論-ing webサイト掲載)「質問の陥穽 あるいは、透明性の時代」(スペースノットブランク公式サイト掲載)など。PARAにて「ドラッカーを読んで上演をつくる、集団をつくる」「「ドラマトゥルクの今日(The Dramaturg, Today)」(国際誌『Sound Stage Screen』掲載、英語、2021年)を読む」開講。DaBY ProLab 第1期 乗越たかおの”舞踊評論家【養成→派遣】プログラム”に参加し、スプリング・フォワード取材のため、開催地ダルムシュタット(ドイツ)へ派遣された。


竹田真理
ダンス批評。1990年代後半、長谷川六・編集発行の舞踊評論誌「ダンスワーク」、季刊「ダンサート」をベースに活動。2000年関西に拠点を移しコンテンポラリーダンスを中心に取材・執筆を続ける。毎日新聞大阪本社版、「シアターアーツ」、演劇評論誌「Act」、ほかウェブ媒体、劇場やフェスティバルのサイト等に寄稿。2019年愛知県芸術劇場主催「鑑賞&レビュー講座」ナビゲーター、以後断続的に担当。国際演劇評論家協会会員。

 

◆世界に羽ばたく次世代クリエイターのためのDance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト”Wings”
Dance Base Yokohama(DaBY)は、新プロジェクト「世界に羽ばたく次世代クリエイターのための Dance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト”Wings”」を始動しました。
本プロジェクトは、文化庁による文化芸術活動基盤強化基金におけるクリエイター·アーティスト等育成事業の【舞踊部門】で採択された事業のひとつで、日本のクリエイターが国際的なプレゼンスを向上することを目的とし、日本を代表するアーティスト、制作者、ドラマトゥルクや批評家の育成、作品の海外での上演、さらなる再演の機会創出を目指します。

 

▶︎岩渕貞太『大いなる午後:the soft machine xxx』

▶︎世界に羽ばたく次世代クリエイターのためのDance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト“Wings”

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